きっと大丈夫

フリーランスとは名ばかりのほぼ無職のような生活をしはじめて、早9ヶ月が経とうとしている。お陰さまでギリギリ食べていけない程度のお金をいただき、ギリギリ家賃を滞納しながらギリギリ人並み以下の生活を送っている。

 

「ライターになりたい!」と決心し、5年務めた会社を辞めた昨年4月の自分が見たらぶん殴られそうな現状だが、それでもなんとか東京にしがみつくことにはまだ成功している状況だ。

 

ライターになって初めてプレゼン大会のようなものに参加した。

それが昨日開催された「ENTER」というヒャクマンボルト主催のもの。「参加した」と言っても正しくは見学しに行っただけで、僕の出した企画は見事に予選落ちしていた。

 

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223通という企画の中から本戦に勝ち進んだ6案を「なんぼのもんじゃい!」という気持ちで見に行ったらどれもこれもクオリティが高くて正直かなり面を食らった。

 

企画やプレゼンの内容を僕がここで書いても当日実際にプレゼンされた出場者の方々のような面白い伝え方もできないので割愛した上で、それを側から見ていた感想だけを書いて行きたい。

 

今回のテーマはザックリと「平成」。それ以外のものは何も指定がなく、プレゼン方法もフリースタイルという随分自由度の高いものだ。

 

僕は普段WEBよりも紙媒体で仕事をすることが多い。というかほとんど紙媒体でしか仕事をしていない。とはいえ、マインドは現代っ子なので企画会議では「どう見てもWEB向きだろ」というような内容を出しては「どう見てもWEB向きだろ」と言われる日々を過ごしている。

 

これは紙やWEBで区別されることではないが、紙とWEBを比較した時には大きな特性としてWEBは紙と違って無料ということだ。もちろん一概にそうではないものもあるが、ほとんどは無料で読めるものだろう。それ故、どうしても一発ギャグや出オチのような企画タイトルがつくことが多い。

 

それを悪く言うつもりは全く無いし、少なからず紙でもWEB程ではないが誇張したタイトルをつけるときもある。これを踏まえ、ライターをやっていて改めて感じるのは「記事は見てくれる人がいて初めて記事になる」ということだ。

 

どんなに面白い内容で企画を立て、時間をかけて取材をし、記事にしても、読まれなかったらそれは記事としては失敗なのだ。誰も評価してくれない。大道芸人や路上のミュージシャンも同じだ。足を止めて、見て、聞いてもらい、誰かの目に留まる為にやっているはずだ。ライターも当然読んでもらう為に書いている。記事に限らず、このブログも今この文章を読んでくれている人がいて初めてブログになった。その為にキャッチーで目を引く企画タイトルが必要なのだ。

 

「企画を送ってくれ」と言われれば、それをワードに書き起こす。当時は面白いと思っていた企画も今読み返せば、何が面白いのか全くわからない。きっと「せーの!」でジャンケンをした方が盛り上がるような企画ばかりだ。

 

それでも当時「面白い!」と思っていた理由は、きっとその企画に熱量があったからだろう。何か企画を思いついた時は、思い付くまでの悩んだ過程やかけた時間、全く面白くない無の状態から「こうしたら面白くなるのでは?」というアレンジを加えたプロセスが乗っかってくる。

 

でもそれをワードに起こした文字の中で説明するのは難しい。熱量が伝わりにくいからだ。「言葉で説明させてくれたらもっと面白いのに……」そう思うことも少なくない。

 

実際、昨日の会場でも出場者の方の企画について、ノオト代表の宮脇涼さんは「企画書をもらった段階では何が面白いのかわからなかったけど、こうやって話を聞くと面白いね」と言っていた。自分のことでもないし、僕はそのプレゼンをした方とは面識も何もないが凄く嬉しかった。もしかしたら今まで採用されなかった企画たちも実際に説明できたら「面白かった」と言ってもらえるものもあったんじゃないかと思えたからだ。

 

企画はライターにとって火種だ。サバイバルや無人島生活で見るような木の枝を一生懸命擦り合わせ続け、やっと出来る火種。企画テーマについて、深く考えるとことでようやく思い付くもの。

 

それを元に火を起こしてくれるのが編集者だ。やっとの想いで起こした火種を見つけ、「ここから先はこうした方がうまくいくよ」と落ち葉や枯れ木を集めてきてくれる。火種はその甲斐あって少しずつ炎に変わっていく。

 

炎に変わればその明かりや煙を見て、集まってきてくれるのがユーザーだ。煙が上がれば上がるほど、多くの人の目に止まる。これが今で言うところのバズであったり、炎上というのだろう。

 

今回僕はその火が起こる瞬間をユーザー側から見ているだけだった。

本音を言えば、あの場所に立ちたいという想いは今も全く変わっていないが、登壇した6組の方々の企画はどれも僕の考えたものよりも面白かった。

 

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「すごいなぁ」「よく思い付くなぁ」なんて思う反面、「なんでもっとちゃんと企画考えなかったんだろう」という後悔が押し寄せてくるのは、ハッシュタグでイベント名を検索するとどうやら僕だけではなかったようで。

 

自分の頭の中で考えた物語を人に発表して、それを評価されて、仕事や繋がりが生まれる瞬間をあれだけ鮮明に見せられたら憧れよりも悔しさが強くて、懇親会では誰とも話さず早々に撤退した。こういったときに無理矢理にでも知り合いを増やすべきなのだろうが、あのキラキラ感が落選した僕には少し眩しすぎた。

 

会場の入り口では、長年憧れていたヒャクマンボルト代表のサカイエヒタさんとご挨拶をさせていただき、まさかまさかの名刺交換まで……泣

今から6〜7年前、エヒタさんがツイッターで似顔絵アイコンを販売していた頃からのファンだったので無事に記憶がなくなり、何を話したのか覚えていない。もし僕が死んだら名刺は棺桶に入れますね。今度はぜひ仕事としてご一緒できたら嬉しいです。そうなれるように頑張ります。

 

田舎で暮らす家族からは「仕事うまくいってるの?」と定期的に連絡が来る。うまくいっているとはお世辞にも言えない状況だが「大丈夫だよ」と返事をするにも、そろそろ大丈夫じゃなくなってきていた頃だった。でも、昨日あんなものを生で見たら今までぼんやりとしていた”大丈夫”の正体に何となく気付く事ができた。

 

僕はきっとライターという職業が好きだ。

だからきっと大丈夫。