夢の中へ連れていって
「いきなりだけど、俺結婚するわ」
仕事終わり、急ぎ足で恵比寿駅まで向かう道中、片手間で友人の電話を取った私は、彼が何を言っているのかわからなかった。まさかと思い、聞き直す。
「今結婚するって言った?」
「うん。言った」
「誰が結婚するの?」
「俺だよ」
27年生きてきて、夢は寝ている時しか見ないものだと思っていたが、どうやら目を瞑っていない時でも夢は見れるらしい。
駅前で転がる酔っ払いまで再現されているなんて、妙にリアルな夢だと思った。
「急にびっくりさせてごめん。忙しかった?」
彼は基本的にお調子者だが、無意味な嘘をつくタイプではないし、こちらの予定を心配しながらわざわざ電話で伝えてくるあたりにこの夢のこだわりを感じた。
終電まで、あと1、2本電車を見逃せた。
普段であれば適当にあしらい、少しでも早く自宅に帰るところだが、なんとなくそうしてはダメな気がした。
山手線渋谷新宿方面行きのホームで、サザンオールスターズの真夏の果実を熱唱しているサラリーマンを横目に彼の話を聞いた。
「さっき彼女から直接妊娠したと聞いた。ちゃんと話して結婚することにした」
彼とは約4年の付き合いだが、飲み会とガールズバー以外の誘いで連絡がきたのは初めてだった。
「ほら、この前結婚のこと色々話してたから、お前には言わなきゃと思って」
これが演技だとしたら今すぐ彼にはアパレルを辞めて、俳優業を志すように説得することを胸に近い、彼が言うこの前のことを思い出した。
「結婚なんて全くする気がない」
2週間前、酔った勢いで結婚観を語り、その数週間後にまさか恋人と別れるとは思ってもいない私の横で彼は言った。
「彼女は結婚したがっているかもしれない。でも俺はする気がない。彼女のことを考えると別れてあげた方がいいかもしれない。てか、俺そもそも子供が嫌いだし」
おそらく全て本心だろう。
無くなりかけの瓶ビールを傾けながら話す彼の言葉に嘘はなかった。はずだった。
そのわずか2週間後、僕は恋人と別れ、彼は結婚を決意した。
彼の彼女とは2度会ったことがある。
初対面にも関わらず、全く敬語を使わない彼女に少し嫌悪感を覚えたのが1度目。
ラブホテルの帰りに呼び出され、ホテルに行くと毎回一緒にお風呂に入ると聞かされながらジャスミンハイを飲んだのが2度目だ。
彼らが当時していた"デート"は、昼過ぎから居酒屋をハシゴし、ラブホテルで体を重ね、また居酒屋で酒を飲むことだった。
互いに文句の一つも言わないどころか「デートってこれ以外にすることなくない?」と言っていた。
正直意味不明だった。
記憶を辿り終え、なんとなく、そしてしっかりと夢ではないことを認識したタイミングで終電の時間がきた。
「朝まで飲まないか?」と誘ってくる彼に対し、どんな顔して会えばいいのかイマイチ分からず、翌日の仕事を理由に断った。
そこから約2ヶ月半たった先日。
彼女を含め、直接彼に「結婚おめでとう」と伝えられた。
何気なく接していたが、あの時彼女の中に彼の子供がいると考えたら急に彼が大人に思えてくる。
内輪でからかっていた彼の若ハゲも父になると思った途端にカッコ良く思えてきた。
これから2人での生活が始まり、年明けには3人になる。
今までのように朝までお酒を飲んだり、カラオケで踊り狂ったりはもう出来ないかもしれない。でも不思議と寂しさはない。
会う機会や環境が変わっても、彼らは変わらない気がするからだ。
彼は彼のままだし、彼女は彼女のままだ。
きっとまたふらっと飲みに誘われて、くだらない話をするような気がする。
その時に結婚生活の愚痴や子育ての大変さが聞けたら最高だ。これ以上ないつまみになる。「やっぱりまだまだ独身でいよう」なんて思えるのは、独身にだけ許された特権だ。思わせてくれなきゃ困る。
最後になるが、ほんとに結婚おめでとう。
2人の新居には胎教で聞くためのサザンオールスターズのベストを持って遊びに行きます。