多分大丈夫
もうすぐで10年になる。田舎を出てきてから経つ年月だ。
当時、僕が田舎を出て一人暮らしを始める理由はすごく単純で、その時好きだった女の子が進学する大学の近くに住めばその子が泊まりに来るかもしれないと思ったからだ。
現に1度きたことがある。
その時住んでいた場所は千葉だったが、あの日以上に僕は世界の中心にいると感じたことはない。
18歳で上京、22歳で就職、27歳で会社を辞めてフリーになった。完全に無計画のまま航海に出たフリーランスタカダ丸は、港を川崎の端っこから高円寺に移し、ゆっくりと沈没に向かいながら今日も目的地を探すという目的を果たすために舵を切る。
東京は誰にでも居場所があって、誰にも居場所がないところだと思う。
田舎に住んでいた時は一度レールから外れると中々やり直せない。酷な話、いじめられっ子が田舎にいるまま一花咲かせるのは難しい環境だ。
限られたコミュニティしかないというのはそこに親しめない者からすると苦痛だった。東京はいい意味でも悪い意味でも他人に無関心だから助かる。
かといって、田舎が嫌いだったわけではない。でも好きだと思ったこともなかった。
ただ漠然と「ここで将来を過ごすことはないんだろうな」という思いだけを胸に東京にきた。
1年に1度開くか開かないかのFacebookを見ると、田舎の友人たちは皆結婚をしている。もう今更そちら側の人生を歩めるとは思わないし、思えない。羨ましいとも思うが、なりたいかと聞かれたらそうとも思わない。
僕が東京に行くと言ったとき「お前は東京が合ってるよ」と背中を押してくれた友人が高橋くんだった。
とにかく情に熱い男で大した友達でもなかったのに「俺たち一生親友だからな!」みたいな照れ臭いセリフを卒アルに寄せ書き出来るタイプの人間で、根拠のない自信をいつも持っていた。
口癖が「多分大丈夫」だったが、この言葉に助けられた記憶はなく、その何倍も裏切られた記憶がある。
一緒に高校生クイズに参加した時のはじめの2択も彼の「多分大丈夫」を信じて間違えた。
授業中の小テストも映画の開始時間も好きなあの子への告白も、いつだって彼の「多分大丈夫」が大丈夫だったことはなかった。
そして今思えば彼は東京に行ったことがないと思う。小学校からずっと茨城にいたし、小中高と同じだった。何をもってして「東京が合ってる」なのかわからないが、絶対適当に言っていたことだけはわかる。彼はそういう男なのだ。
今思ってもとんでもないやつだが、そんな高橋くんもFacebookにどこから見つけてきたのかわからない田舎のテンプレキャバ嬢のような女性との結婚報告を乗せていた。
高橋くんは派手な女が好きだったが、嫁は子供ができたと同時に装備していた数々の課金アイテムが剥がれ、今は初期アバターのような見た目で妻から母になっている。
正月に帰った際、今の嫁をどう思うのか聞いたら「俺にはあいつが合ってるよ」と得意げに言っていた。
どこからくるのかわからない自信は健在だったが、昔より少しだけカッコよくも見えた。
その時は「多分大丈夫」とは言わなかった気がする。言わない方が大丈夫な気がしてくるのだから彼の言葉は不思議だ。
今日で2日目。
我ながら厄介な約束をしてしまったと思うが、多分大丈夫だ。